子どもを信じて諦めなければ奇跡も起きる!!脳挫傷から完治した私の話

育児ストレスカウンセラーの若狭春奈です。

みなさんは車の運転をしますか?

秋田は交通の便があまり良くないので

車がないと生活できない!なんて言う方も多いです。

もちろん私も車を運転するのですがとても苦手。

これからは雪も降るし、雪道は緊張します!!

 

さて、実は私は6歳の頃交通事故に遭ったことがあります。

母親が運転する車が衝突事故を起こしたんです。

私は事故の衝撃で意識不明の重体だったそうです。

実際に自分の身にこういうことも起こるんですね。

当の本人は意識がないので記憶がありませんが。

 

1カ月ほど意識がもうろうとしていてICUにいました。

その間の記憶も見事にありません。

私の記憶があるのは一般病棟に移ってから。

足も骨折していたので寝たきりの生活でした。

本当に何もできなかったんです。

6歳の子どもに何もできない状態が約2か月続いたんです。

今考えると相当な事態ですね。

 

しかも私は脳挫傷になっていて、脳幹を損傷していたそうです。

脳幹とは見て字のごとく脳の根幹となる大事な部分。

脳幹を損傷すると即死するので

スナイパーは脳幹を狙うと名探偵コナンで言ってました。

そんな大事な部分を損傷した私。

例え意識が戻っても、障害が残ることは覚悟してくださいと

医師から言われていたそうです。

 

衝撃的ですよね。

みなさんはこういう事態になったらどうしますか?

私自身、自分の子どもが・・・と思うといたたまれません。

 

でも見事に完治したんですよね。

障害も残っていません。

唯一後遺症といえるのは目が遠視になったことくらい。

それも弱い遠視なので日常生活に支障はありません。

 

どうして完治したのか、まぁ運が良かっただけかもしれませんが

私も両親もポジティブだったんですよね。

命があればなんとかなるか。くらいのかんじ。

母も事故直後「きっと大丈夫だろう」と思ったそうです。

 

意識が戻ってから、体の自由が利かない私が

「ねぇ、私治るの?」と親に聞いたら

「先生の言うことをちゃんと聞いていれば治るよ」と

応えてくれたんです。

 

これ、結構大事だったと思います。

実際は障害が残ると言われていたのにも関わらず

私の両親は治ると断言してくれました。

だから私も「治るならまぁいいか」くらいの気持ちで

入院生活をエンジョイしていたんです。

相部屋だったので、同室のみなさんと仲良く交流し、

お見舞いに来てくれた幼稚園の先生や祖父母と遊び、

かなり充実していたように思います。

 

早く治って幼稚園にいきたい!!と思っていたので

リハビリもがんばりました。

一人で歩けるように自主練もしました(笑)

そして、予定よりもずっと早く退院できたんです。

 

実際には退院時にはまだ完治というわけではありません。

一応一人で歩くことは出来ましたが引きずって歩いている状態。

でも全然気にしていませんでした。

「治った」と思い込んでいたんです。

 

ポジティブな思い込みってときにこういう奇跡を起こすことがあります。

「治る」って家族みんなで信じていたことが

今こうして健康でいられることにつながったと思うし。

私の両親のすごいところは、最悪な事態でも子どもの可能性を

信じてくれたことだと思うんですよね。

私はこの事故で失ったものは何もないと思っています。

むしろ得たものの方が多いような。

 

入院中は母が怖いくらい優しくなって(笑)

おやつやジュースを好きなだけ与えてくれたので

寝たきり生活でビックリするくらい太りました。

鏡で自分の姿を見たときは本当に驚きましたね。

子どもながらに「やばい」って思いました(笑)

 

でも退院後、気付いたら元の鬼婆のような母に戻ってしまい

それは残念でしたね~。

 

死ぬかもしれない

そんな事態を経験したけど

私たちの生きているこの世界は本当に優しくて

あたたかいもので溢れています。本当です。

6歳で終わっていたかもしれない私の人生です。

今かなり長い延長戦なのかもしれません。

みなさんもつらくても諦めなければなんとかなります!

つらくなったらいつでもご相談くださいね!!